大判例

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最高裁判所大法廷 昭和23年(れ)454号 判決

主文

原判決を破毀する。

本件を仙薹高等裁判所に差戻す。

理由

辯護人鍛冶利一同遠藤周藏上告趣意第一點について。

原判決は、その事実摘示第一の(イ)の犯罪事実認定の證據として、被告人の第一審公判廷における自白のみを採っていることは、正に所論のとおりである。惟うに、憲法第三八條第三項(刑訴應急措置法第一〇條第三項も同様)の自白の内には、公判廷における被告人の自白は之を含まないと解すべきことは、當裁判所の判例とするところである(昭和二三年(れ)第一六八號同年七月二九日大法廷判決)。而して、前記判例はその一つの理由として「なお、公判廷の自白は裁判所の直接審理に基くものである。從つて、裁判所の面前でなされる自白は、被告人の発言、擧動、顔色、態度並びにこれらの變化等からも、その真実に合するか、否か、又、自発的な任意のものであるか、否かは、多くの場合において裁判所が他の證據を待つまでもなく、自ら判斷し得るものと言わなければならない。又、公判廷外の自白は、それ自身既に完結している自白であって、果していかなる状態において、いかなる事情の下に、いかなる動機から、いかにして供述が形成されたかの脛路は全く不明であるが、公判廷の自白は、裁判所の面前で親しくつぎつぎに供述が展開されて行くものであるから、現行法の下では、裁判所はその心證が得られるまで種々の面と觀點から被告人を根掘り葉掘り十分訊問することもできるのである。そして、若し裁判所が心證を得なければ自白は固より證據價値がなく、裁判所が心證を得たときに初めて自白は證據として役立つのである。從つて、公判廷における被告人の自白が、裁判所の自由心證によって真実に合するものと認められる場合には、公判廷外における被告人の自白とは異り、更に他の補強證據を要せずして犯罪事実の認定ができると解するのが相當である。」と、判示していることから容易に判斷し得る如く、右判例に示す「公判廷における被告人の自白」とはその自白を斷罪の證據に採った、その裁判所の公判廷における被告人の自白を指すのであって、從って、右裁判所以外の裁判所の公判廷における被告人の自白は、假令それが第一審裁判所のものであっても、之を包含せしむる趣旨ではない。左れば、所論の第一審における被告人の自白のみを採って斷罪の證據にした原判決は、正に所論の如く憲法第三八條第三項(及び刑訴應急措置法第一〇條第三項)違反の判決であって、此點に關する論旨は理由あり。而して右違反は事実の確定に影響を及ぼすべきものであるから、他の論旨に對する判斷を省略し、刑訴施行法第二條及び旧刑訴第四四七條同第四四八條の二に從い、主文のとおり判決する。

此判決は、塚崎、沢田、井上、栗山、小谷各裁判官の本判決の理由に對する反對意見(その各反對意見は、前掲當裁判所昭和二三年(れ)第一六八號、同年七月二九日大法廷判決右各裁判官所述意見引用)並びに齋藤裁判官の次に掲ぐる反對意見を除き、その他は裁判官一致の意見に依るものである。

裁判官齋藤悠輔の反對意見は次のとおりである。

旧刑訴第三三六條(新刑訴第三一七條)に「事実ノ認定ハ證據ニ依ル」とある「事実」には一般公知の事実のごとき證明を要しない事実は、これに包含されない。從つて旧刑訴第三六〇條第一項(新刑訴第三三五條参照)所定の罪となるべき事実を證據によって認めた理由を説明するにも、その事実が一般公知の事実のごとき證明を要しない事実であるときは、たゞその證明を要しない事実である旨説明するを以て足り、證據を擧示するの要なきこと論を待たない。そして事件を終局的に審判する公判廷における檢察官の公訴事実に關する主張を認めて争わない被告人の供述すなわち自白にして、訴訟關係人において異議なく、裁判所も亦たこれを被告人の真意に出で且つ真実に合致するものと認め得るときは、檢察官の主張事実は、一般公開の下當事者合同審究を經た裁判上顕著な事実として證明を要しないものというべきである。憲法第三八條末項の規定は、證據就中自白の證據價値(多數説のごとく證據の成立從つて能力に關する規定ではない。多數説は證據能力と證據價値とを混同し且つ證據價値につい供述たる證據すなわち自白の外裁判官の五官の作用による被告人の発言、擧動、顔色、態度並びにこれらの變化等檢證の結果をも證據としている。)に關する規定で證明を要しない事項に適用はない。故に裁判所を拘束しない意味におけるいわゆる「アレンメント」の制度は毫も憲法違反ではない。新刑訴第三一九條第三項による第二項の規定は、訴訟法理上全く理由なき、反民主的で、非經濟的で且つ道義に副はない制限であつてもとより旧法による本件には適用がない。そして、公判期日における訴訟手續で公判調書に記載されたものは、公判調書のみによってこれを證明することを得るもので反證を許さない。從つて公判調書に記載された第一審公判における被告人の自白は第二審においても有効たるべきである。

(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 長谷川太一郎 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 霜山精一 裁判官 井上 登 裁判官 栗山 茂 裁判官 真野 毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 齋藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介)

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